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紅白歌合戦

NHK紅白歌合戦のAKB48で前田敦子と大島優子がサプライズ出演した。高橋みなみの卒業ステージは感動的なものになった。
嵐がスターウォーズとコラボしたが、Perfumeの方が合っているのではないか。
綾瀬はるかがSMAPをコマップさんと言い間違い。

適度に改行を入れた方が読みやすいとの御依頼がありましたが、私は意図的な改行はない方がありがたいです。

今日の話の報告です。
さんの会は結論や行動計画のようなものは出ていない。小田原評定になっている。さん以上に激烈な政党不信の参加者もあり、具体的な活動には結び付かなそう。私の感覚としては猛獣を押し込める動物園の檻として役割を果たしているように感じた。
5日はそれとは別の動き。プロジェクトでもない。
何をするかの結論は出ていない。各人か自分の政策と近く応援したい候補者を応援する活動をすればいい。
質問。それでは集まる意味が乏しいのではないか。
回答。野党共闘などの気運を盛り上げる活動は意味がある。
質問。東京で三人または四人を当選させたいと思う人は多い。楽に当選できる人は放っておいてもよくて、危ない候補を市民派は集中して応援したい。
回答。そのような考えは不適切である。候補者が行ったならば選挙妨害になる。
質問。実際のところ、固定票だけで当選できると見られているが、どうか。
回答。楽観論が最大の敵である。前回候補のように就職で苦労しておらず、ブラック企業問題のような要素が今のところない。当選できればいいではなく、多数の得票で当選することが、今後の政治変革にとって決定的に重要である。

連続講座は参加したい。安全保障政策には興味がある。
「行動する若者の声を聞こう」に参加した人々のその後を聞きたい。
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格差と分断

2015123000030000.jpg#FJネクスト不買運動 #FJネクスト迷惑電話 #FJネクト反対運動
FJネクスト迷惑電話は自分の考えに都合良く事実を歪曲する。事実を出し惜しみすることは虚偽説明に劣らない罪悪になる。論理に一貫性が見られない。その時々で都合良く立場を変え、怒りを禁じ得ない。FJネクスト迷惑電話は実に不公正である。FJネクスト迷惑電話を放置すれば、不動産業界の公平性を損ない、不動産業界も信頼を失う。FJネクスト住環境破壊は住民の健康を蝕む。

FJネクスト仲介に注意
http://akiba.geocities.jp/uchuubaka/chukai.html

分断を作るなと言われることが多い。現代日本には公務員と民間労働者、シニア世代と若年層、正規雇用と非正規雇用、生活保護受給者とワーキングプア、公営住宅住民とハウジングプアなど様々な格差が存在する。後者から格差解消のために前者の既得権が批判されることがある。これに対して分断を作るなと批判される。しかし、既に格差によって分断されている。分断を作るなと言う側が既に存在する分断に無頓着である。分断を作るなと言って既存の格差への異議申し立てを抑圧するならば問題は解決されないままである。それだけでは既得権擁護の運動と見られかねない。
「後者の人々は前者を叩くのではなく、権力を叩け」はもっともらしい主張であるが、前者の側から主張されると矛先そらしにも聞こえる。たとえばワーキングプアからは生活保護受給対象者以外にもベーシックインカムなど幅広い支援を求める声がある。そのための財源として生活保護の削減を主張する声もある。これに対しては生活保護の削減ではなく、生活保護もワーキングプア支援も両方実施するとの主張の方が前向きではある。しかし、福祉予算全体の増額と生活保護削減のどちらが実現性が高いかを冷静に判断すれば、生活保護削減を主張したくなる気持ちは理解しなければならない。

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Twitterまとめ投稿 2015/12/31 [林田力hayariki]


Twitterまとめ投稿 2015/12/30 [林田力hayariki]


Twitterまとめ投稿 2015/12/29 [林田力hayariki]


与謝野晶子の反戦思想

与謝野晶子の反戦歌「君死にたまふことなかれ」は現代において再評価する価値がある。戦争法反対運動では「殺し殺される」と戦争の被害者だけでなく、加害者になることも拒絶する。戦後の反戦運動が戦争被害を強調して加害者の側面を軽視する傾向があったと批判されているが、それを克服する視点である。この視点は既に「君死にたまふことなかれ」にも「親は刃をにぎらせて人を殺せとをしへしや」と存在していた。

このように「君死にたまふことなかれ」は非常に説得的な反戦歌であるが、反戦平和運動の中で与謝野晶子の評価は低い。太平洋戦争に際しては「水軍の 大尉となりて わが四郎 み軍にゆく たけく戦へ」など戦争賛美の歌を詠んでいるためである。これは個人史として見ると、年をとって体制順応に堕落したと批判することもできる。一方で社会的に見ると、より社会的な存在としての変化と見ることもできるのではないか。

日露戦争は政府が勝手に行った戦争であって、自分達には無関係な迷惑なだけの戦争であった。だから「旅順の城はほろぶともほろびずとても何事ぞ」と歌った。これに対して太平洋戦争は自分達の社会の存亡を賭した総力戦との認識があったのではないか。実は庶民にとって太平洋戦争よりも日露戦争の方が反戦を貫きやすいのではないか。

これは太平洋戦争の戦争被害を出発点としている戦後日本の反戦平和運動にとって盲点である。太平洋戦争を酷い戦争と批判するほど、日露戦争への批判は少ない。逆に一定年齢以上の左翼にも日露戦争までを輝ける時代と描く司馬遼太郎史観が蔓延している。しかし、現実の歴史の人々の意識は逆ではなかった。日露戦争は国家が勝手に行い、庶民には迷惑でしかなかった戦争であった。これに対して太平洋戦争は多くの人々が主観的には自存自衛の戦争と認識していた。

よって反戦平和運動が司馬史観のようなスタンスで太平洋戦争を貶めるために日露戦争を持ち上げるような欺瞞をすることは自爆行為である。そのような欺瞞が逆に若い世代を中心に反発を呼び、太平洋戦争における日本の正当な評価を求める動きになっている。つまり右傾化の原因になっている。
http://www.hayariki.net/poli/yosano.html
確かに総力戦体制に組み込まれ、客観的には自存自衛ではないものを自存自衛と認識してしまう庶民の弱さは課題である。しかし、広汎な支持を得ることを目指すならば、ハードルの高いところを土俵にする必要はない。日露戦争のような国家が勝手に行った戦争への反戦意識を高めることが有益である。現実に集団的自衛権に対する有力な批判の一つは「米国が勝手に行われる戦争に巻き込まれたくない」である。

日露戦争は世界史的に見れば大英帝国のロシア帝国に対するグレートゲームの一環に過ぎない。当時の日本政府に英国の走狗以上の思惑はあっただろうが、現在の安倍政権にも米国の覇権の中で日本の権益を追求するくらいのことは考えているだろう。そして安倍政権が戦争を進めるとしたら、一足飛びに太平洋戦争のような総力戦ではなく、日露戦争的なものになるだろう。従って太平洋戦争には反戦と言えないとしても、日露戦争には反戦と言える思想とつながっていくことが大切である。

林田力 東急不動産だまし売り裁判
http://hayariki.tumblr.com/
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Twitterまとめ投稿 2015/12/28 [林田力hayariki]


Twitterまとめ投稿 2015/12/27 [林田力hayariki]


市民派統一候補への懸念

2015122712440000.jpg#FJネクスト不買運動 #FJネクスト迷惑電話 #FJネクト反対運動
迷惑勧誘電話営業の野卑な顔立ちは、彼が暴飲暴食に耽ってきたと思わせた。ブラック社員の存在によって利益と士気は下降し、疲労と恨みは倍増する。
住環境破壊のFJネクスト・ガーラ木場新築工事(江東区東陽1-16-21)に反対します。ガーラ木場は隣接地ギリギリに高層マンション(10階建て約30m)を建設する非人間的な開発です。
http://www.hayariki.net/tobu/fjnext2.html
野党共闘、市民派統一候補の動きが盛り上がっているが、懸念は一部に旧社会党左派の怨念を丸出しにしている言説が散見されることである。五五年体制の社会党左派の感覚で、社民党の社会民主主義的要素や民主党を激しく批判する。ここでは旧社会党左派だった人々を批判してはいない。批判の対象は旧社会党左派の怨念を丸出しにする一部市民である。むしろ旧社会党左派で現在も政治にコミットされている方々は表立って民主党の悪口を聞かない。私は新社会党系の方からさえ参院選比例区で民主党候補の応援を求められたことになる。旧社会党左派の怨念丸出しは政治にコミットしておらず、良く言えばしがらみがなく自由、悪く言えば無責任な市民故にできることである。
問題は怨念丸出しに積極的意義があるものかということである。社会党に対してはマルクス主義イデオロギー政党を脱却して、ヨーロッパ型社会民主主義政党になることが求められてきた。ソ連のような社会は国民の望むところではない。ソ連のような官僚国家はスターリン一人を批判すれば克服できるものでもない。社会党が社民党になり、多くが民主党に流れたことはソ連型社会主義イデオロギー政党克服の立場から歓迎できる。
旧社会党左派からすると認めがたいところはあるだろう。五五年体制では党内論争に勝ち続けてきた。社会民主主義政党を主張する勢力を退けてきた。社会民主主義政党を主張する側は社会党を出ていくことになった。常に論破し続けてきたと思ったら、誰もいなくなった。それ故に社会民主主義や民主党に怨念を抱きたくなるかもしれないが、ソ連の崩壊という現実は無視できない。

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Twitterまとめ投稿 2015/12/26 [林田力hayariki]